KANZOに聴け

内村鑑三翁が生きていたら何を考え何を語るのだろう…

毒を食ったら皿まで!

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アベ首相夫人が名誉校長として深く関与した小学校への国有地払い下げが国会で問題となり、その追究が続く中でこの事案に関係する関係文書の改竄が明らかになった。そしてこれに関与した近畿財務局職員が自ら命を絶ったのは2018年3月7日。彼の遺書が2020年3月に発行された「週刊文春」でついに遺族の意思で全文が公表された。この中では「財務省が真実に反する虚偽の答弁を貫いている」「最後は下部がしっぽを切られる」といった事実の経緯が明らかになった。

この問題では「私が関係したことが明確になれば私は総理大臣を辞する」とタンカを切ったことが実は財務局職員の自死につながっていったわけだが、このことを国会で追及され続けたアベ(及びアソウ)は何故か居座り続けた。その間一連の事案への関与をひたすら否定し続けた。嘘を連発し嘘の上塗りを重ね「毒食わば皿まで」の醜態をさらし続けた。そしてアベ(及びアソウ)は逃げおおせたと安堵していたに違いない。 

この事件の全体経緯を見ていると、アメリカ・トランプ大統領の道徳破壊の推移にも似ている。アベは明らかにトランプ・エフェクト下に、今もある(ワタシのブログ『KANZOに聴け』「トランプ・エフェクト―悪性感染症の伝播」190526参照)。つまり大国アメリカのトランプでさえ、精神医学者の多くから病的性格者(ワタシのブログ「精神医学者たちが下した恐ろしい”診断”」20190523参照)だと言われ、あれほど大胆に道徳破壊をやってのけているのだから、オレにもできないことはないと、アベはトランプに諂いつつ見習おうとしてきた。だからトランプが下野すれは、アベはたちまち自信喪失者となり下野するに違いない。必ず彼は抜け殻となり精神に異常をきたすだろう。

アベがトランプ・エフェクト下にあることで、アベ・アソウ・スガらの内閣及びこれに追従する官僚らの集合体による道徳破壊が鮮明だ。アメリカ・トランプ同様、ここまで人倫を完全に喪失した政治指導者をいただくこの国の不幸は続いている。 

昨年亡くなった橋本治は、「父権制の崩壊―あるいは指導者はもう来ない」(朝日新書、2019.4)の中でつぎのように記す。人倫喪失とはやや異なる視点だ。

「もちろん彼(※アベ首相)は、森友学園加計学園に対する自身の妻の関与に関して、説明することが出来ない。どうしてかと言えば、大阪の森友学園に対する国有地払い下げに関して、法外とも言える値引きがあり、「そこには首相夫人安倍昭恵が一枚噛んでいるのではないか?」という疑惑が国会で取り上げられた時、「そんなことがあったら、私は総理大臣も政治家もやめますよ」と大見得を切ってしまった。さすがに総理大臣で、「何を辞める」を明確にすることは忘れなかったが、これ以後、この件に関して何を問われても、「知らない、その事実はない。関係がない。”ない”ということを証明しろと言われても、”ないこと”は証明できないのです」と、高級なことを教えてくれるに止まった。下手に突っ込まれたらやばくなるから、絶対にその(・・)件(・)に関しては触れないという戦法で、これを日本ボクシング連盟会長の言葉に翻訳すると、「みんな嘘」になってしまう。「みんな嘘」なのだから、一々の疑惑について反証する必要はない――そういうすごい展開ですわね。ああ、哀れ日本!」(第5章父権性の亡霊、p.180)

政治家には生来の人たらしや嘘つきも多い。たまたま親も政治家だったので何となく政治家になったという輩が多くなったので、日本の政治家もスケールが矮小化し、アベのような訳のわからない腑抜けた政治家が発言力を持つようになった。その裏では手前に歯向かう者の弱みを握り、恫喝し孤立させて干すという手法を用いる、そして落伍させる、さらに周辺に諂い者を置いて優遇する、官僚も同様な手段で人事考課を行い誑かす、マスコミ経営幹部と官房機密費で毎晩メシを食い、ニュースソースはメシを食った幹部のいる特定のマスコミにだけ流し、彼らを取り込む‥‥これらはアベ政権になって特に突出している手法だ。金と力には人間は弱い。このことをよくわかっている。というよりこんな手を用いるしか手立てがない政治を行っている。

背中から切り付けることで知られるスガ官房長官もアベと不即不離で脇を固める。取り巻きの官房副長官も悪代官の如く最長不倒の長期間居座り続け、秘書官もガキのように無知で不見識な腹心として都合の悪いことは隠蔽してアベにご進講・進言する。そしてここでいじましいマスク2枚とか、解の無いパズルのような国民への給付金が政策らしき顔をして国会の場に上がるのだ。実に不思議な不気味な奇妙奇天烈な光景である。

だが少し待てよ、そもそもアベらを選挙で支持するニッポン国民が、アベの道徳喪失政治を支持しているのだ。だからワタシも橋本治のように「ああ、哀れ日本!」と叫びたくなる。

内田樹は「嘘をつくことに心理的抵抗のない人物、明らかな失敗であっても決しておのれの非を認めない人物が久しく総理大臣の職位にあって、次第に独裁的な権限を有するに至っていることを座視している日本の有権者たちのほうです。いったい何を根拠に、それほど無防備で楽観的にしていられるのか。僕にはこちらのほうが理解が難しい。」と語る(望月衣塑子&特別取材班:「安倍晋三」大研究.P.209、KKベストセラーズ、2019)

悪人征伐!

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コロナウイルスの罹患患者が激増してきたことを名目に(クラスターだクラスターだとして、一般検査をしないものだから患者の数は、実はNHKが報道する数どころではなかったのが事実!)、緊急事態宣言なるものが首相のアベの口から発出された。その後アベは外出しないでくれと要請し続け出勤者を70%以上下げろと省庁に命令を下した。そんな数字は無理に決まっているので幾日か経過した後に、それ見たことか、じゃぁやっぱり官憲による強制力と罰則規定をセットにした緊急事態宣言の再発出が必要だね、というハナシになるだろう。恐怖である。

外出を控えてくれと宣言した直後には、部屋でダンスしようぜと促す星野某のギター音楽映像の隣に、犬と戯れTVを見ながらお茶を飲むアベの映像を埋め込んで流した。星野某には断りもなく公にした。案の定胸糞悪いヤメロの批判ツィートが集中する一方で、官費で雇用されたアルバイトが「以下同文・いいね!」の賛意メールを送っていた。これを受けたスガ官房長官は「様々な意見が寄せられた」とシレーッとしたあのヌエ顔で記者会見。小心を誤魔化し隠そうとするのでこの男の顔はいつも左官の漆喰絵のようだ。しかし自民党内の議員たちもさすがにこれには驚愕し「アベソウリは大丈夫か?」との声まで上がったという。大丈夫か?との声の裏には「アベのオツムは大丈夫か」との意味がこめられており、また「またまた官邸のブレーンの言いなりになっている」ので大丈夫かとの意味が込められているのだ。

アベの裏には官邸の高級官僚が鎮座まします、この連中がアベをパペットの如く操っているという構図である。この連中はまた数十億もの資金を使い数多のアルバイトを稼働してSNSの民の声を狂ったように削除し続けている。お上(アベ)には悪い情報は上げない。なぜならばアベには知力と理解力とが決定的に脱落していることを奴らは知悉しているからである。アベを手玉に取っているというわけだ。これが真実である。官邸は悪(意)の巣窟となっている。奴らは週刊誌が姓名を挙げて指摘してもダンマリを決め込み、白を切り逃げ続ける。そしてあらゆる悪事に手を貸している。

内村鑑三翁の次の部分を思い出したので引用する。「悪人征伐」というタイトルの小文だ。「日本では悪人は滅多に面を出さない、日本に於ては真正の悪人は他の人を使って悪を行ふ、彼は悪事の総ての利益を己が身に収めて、自身は決して其責に当らない、彼は悪事の露顕する時に、世間の人と一所になって、彼の使役に依て悪事を行(な)せる人を、責める、さうして世間は亦た彼の挑撥(おだて)に乗って、悪人ならぬ悪人を攻める、悪事の内幕を知て居る者から見る時には日本に於ける悪人征伐ほど面白いものはない。」(内村鑑三全集9、罪悪の探求、p.33)

アベの側近の高級(?)官僚たちはここで言う「悪人」である。週刊誌で実名報道されてもノーコメントを続ける。悪人は、レイプ犯人として逮捕される直前にアベの「ともだち」という理由で直ちに逮捕状を闇に葬った。このレイプ犯山口は未だにお天道様のもとを歩いている。これもアベ側近の悪人の仕業である。奴らはノーコメントを繰り返し、総理大臣さえ手玉に取る。滅多に面を出さない。悪人たちは死んでゴミになるつもりだろうが、悪人たちにも家族もあろう。生んだ親は泣かないだろうか、子どもたちはイジメに合わないだろうか、その妻は近所のスーパーで後ろ指刺されているのじゃないだろうか…。

鑑三翁はこんな「悪人」たちを征伐することを面白がっている。キリスト者としてと言うよりジャーナリストとして。

アベ政権の禍々しさを見よ!

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緊急事態宣言に関するアベ首相の記者会見では、特に都市部の人たちに対して緊急事態を宣するとか、厳しい要請でもあるのかと注視していたが、ななななんと「マスク2枚」を全世帯に配布!ときた。啞然、呆然とはこのこと。このマスク二枚は国民を「おちょくる」つもりなのか、あるいは真剣に考えての結果なのだろうか…どうやら後者であるらしいから、もはや恐怖である。アベ以下官邸は乱心を通り越して「狂」に至った。禍々(まがまが)しいこと限りない。

このウイルス禍による世界各国の経済的ダメージは計り知れない。一体どのような影響が国民生活上に出るかもワタシたちの想像力を超える。だが目前の生活困難は自明だ。これに対する日本政府アベらの政策は予算化もされず無計画で行き当たりばったりで、政治が全く機能していない。真実のところアベらは「何をしていいのか」がわからないのだ。予測される惨禍にアベなど日本の政治家たちの無策無能に、この国に生まれた不幸を思って下痢をしそうだ。

要領を得ない「緊急事態宣言」よくわからない。あくまで「要請」であるので、これら措置によってを蒙る経済的損失などは補填することはしない、当事者責任で行えと言っていたようだ。この言葉の羅列を聞いてワタシは次の言葉を思い起こした。キリストの言葉だ。「彼らは言うだけで実行しないから。また重い荷物をくくって人々の肩にのせるが、それを動かすために、自分では指一本も貸そうとはしない。そのすることは、すべて人に見せるためである。」(聖書マタイ伝23:3) コイケやアベのメッセージは、全てお前たちの自己責任、俺達には関係ないよと述べるに等しいものだった。

辺見庸はブログでこう記す。「ニッポン憲法においては国家緊急権にかんする規定は存在しない。それが常識であった。今後は変わる。政府が通常の統治機能では対応できないと判断したばあい、憲法秩序を停止し、一部の機関に大幅な権限をあたえたり、人権保護規定を停止・制限したりする非常措置が可能となる。それを"ニューノーマル"というバカげた時代がきょうからはじまる。」

「緊急事態宣言」を読むアベの虚ろな目は底が抜けていてその奥に「狂」が鎮座していたな。辺見のようにこのことを見抜いている発言はほとんど、見ない…恐ろしい。国民の自己責任でコロナウイルスの蔓延が止まらないのであれば仕方ないな、と宣して国家権力を発動して官憲・警察・自衛隊を駆り出してコロナでなく街角の国民を制圧に向かうだろう、言論も集会も‥。

医療現場でウイルスと闘っている医療者の疲労困憊に向けて、「我々ドイツ国民は彼らに心からの感謝を伝えよう」とメッセージを発したドイツ・メルケル首相。何とかけ離れていることか。

虚ろな掛け声しか発せない卑小で矮小なアベ、スガ、コイケ…らを国や自治体の長として押し頂いている国民の不幸よ!そして彼らを選挙で選んだ有権者たちよ!星野源の映像を無断引用してアベの妖怪姿を添えた官邸制作コラボ映像に「いいね!」を押したアルバイトのキミたちよ!アベ親衛隊の諸君よ!キミたちはアベや官邸の恐怖のたくらみを知らない。彼らの「狂」の姿を想像さえできない者たちよ!ワタシたちとともに絶望の淵でのたうち回る日も遠くはないだろう!

「そして私、すごく疑問に思うのです。どうして日本は「人命が最優先」とならないのか。どうして経済が優先されてしまうのか。衛星放送のニュースを見ると、企業の決算期が終わってから非常事態宣言を出すほうがいいだとか、論点がものすごくずれているように感じます。薬害エイズでも非加熱製剤の危険性が分かっていながら、製薬業界は人命より経済的利益を優先しましたよね。その判断がどれだけ悲惨な結末をもたらしたか。それを思い出せば、日本政府が今下すべき判断は明らかだと思います。」(斎藤孝医師、米ニュージャージー州大学病院で感染症指導医)(Diamond Online,200407)

ウイルス‥なめたらいかんぜよ!

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故武見太郎(元日本医師会長)は亡くなる直前に出版した著書で、「次の世紀は人類とウイルスとの戦いになる」と喝破としていた。今まさにこの予想通りの事態にある。COVID-19と称されたコロナウイルスはまたたく間に地球規模に伝播し、罹患患者と死者は爆発的で何時止まるのかもわからない。見えない敵と国家ぐるみ地域ぐるみで戦っていて、リビアの内戦(トルコとサウジの代理戦争)では「戦争などしている場合じゃない」として休戦に入ったという笑えない現実もある。決定打となるワクチンなどが未開発の中でCOVIT-19ウイルスの勝利宣言は続く。国際連合EUも対症療法しか打ち出せない。無力である。将来の新たなウイルス対策としての世界政府なるものの創設が必要なのかもしれない。規模が地球規模である点において惨禍は人類史上初のものだ。

このウイルスの厄介さは見えない所で生存戦略をたてて生き延びようとするところにある。このウイルスの生存期間も17日間生きていたという報告もあり、飛沫・接触感染以外にエアロゾル感染するという論文も示されたと言う。また持病のある高齢者の致死率が高いとされたエビデンスの一方で、中年期の者の致死率が高いとする論文も出ている。これらの現象を見るに、生存をかけたCOVID-19のすさまじいまでの人類への挑戦は、我等人類にとっては、従来の医学・医療の枠をかけ離れたスケールでの想像力を働かせることを強いているように思えてならない。神が傲慢な人間たちに警告を発していると真摯にとらえるべきなのかもしれない。

 

折も折オリンピック東京大会が延期となったが、延期の理由として、IOCのバッハや日本のアベやスガやモリや豊洲の女が「ウイルスとの戦いに完全に勝ってからこれを実施する」といった発言はウイルスの戦略をナメている。無知蒙昧である。アベらが反知性主義を代表するような口吻で「日本国民を守りアスリートの健康を守り…」とか記者会見で宣うと、これをそのまま報道する内閣記者会の記者たちも愚かである。新聞TVも五輪とは一蓮托生だから仕方ないのか。

TVにテロップが流れて都知事が夜遅くに記者会見と出た。小池もアベらと打ち合わせ済みで、政府に同調してこのタイミングを待っていた。オリンピックは今年はなくなったのだしもう検査数の数、患者数を隠蔽する必要もなくなったから。東京での感染者は3月22日には2人、23日に16人、24日に16人だったものが、24日のオリンピック延期のアベの記者発表直後の25日に41人、26日に47人、その後急激な増加に転じている。この数字がオリンピック対策のためであったことは自明。偶然だったと誰が信じるものか。

さてその都知事会見だが、一体何を緊急に報告したかったのかさっぱりわからない。…でございます…でいらっしゃいますので…共に一緒になってがんばりましょう…とやたらに丁寧語を使いすぎる、クラスターとかオーバーシュートとかロックダウンとか片仮名が多い、「感染爆発重大局面」と書いたボードをいきなり出したが、タイミングも悪いし危機感緊張感も感じられないので意図がさっぱりわからない、恥ずかしげもなく「密」がどうのこうのと書いたパネルもバツのわるそうにすぐにひっこめたな、何故か…と思っているうちに短時間で終えてしまった。要点は週末の土日の外出を自粛してほしい、できるだけ在宅で仕事してほしい、夜間外出を控えて、ということを言いたかったらしい。

小池はTVのキャスターをやっていたよな、それにしては説明が下手だな。オレならば会見冒頭でまず「主文」(裁判所の如く)をまず言うだろう。「まず今週末には出かけず在宅で過ごしていただきたい。そして今日は都民の皆様にお知らせしたいことが五つあります。その一つは…」と話を進めるのだ。これ記者会見の常識だろう。小池も「盪(とろ)い」な。論旨が不明瞭だし正邪の判断がつきにくかった。もっともこれが彼女の狙いでもあったか、だとすれば理解できる。検査数の極小さ患者数などを隠蔽していたことがバレるのを恐れていてその心理的動揺がこの会見に現れたものだろうか。カイロ大学云々と学歴詐称で騒がれている”豊洲の女”などはこの程度のものだろう。次の都知事選では裏仕事を仕上げて自民党公認がとれたから、都民=愚民に対する説明など、どうでもよかったのかもしれない。

因みに「とろい」とは、素早く動かないさまを言い・理解するのが遅い知的な鋭敏さの欠如で特徴づけられると辞書(weblio)にある。類語として愚鈍 ・ 愚昧 ・ 阿房 ・ のろま ・馬鹿 ・ 頓馬 ・ 間抜け…とある。

 

「杖ついて散歩道を歩いていたら、すれちがったオヤジに「がんばってね!」と励まされた。よけいなお世話だ。オヤジはうすい紫色のベレー帽をかぶっていた。あいつ、たぶん、ほんとうは昂揚している。昨夕の小池某女みたいに。悦にいっていやがる。」とブログで辺見庸。確かに小池は妙に高揚していたな、なぜか。

「愛国」を叫ぶ者たちよ!

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戦時中のいわゆる徴用工問題及び慰安婦問題に正面から取り組むことを回避して韓国政府に責任を押し付け、その後韓国をいわゆるホワイト国から除外したことに端を発し、韓国と日本は戦後初めてとも言える最悪の外交関係に陥っている。政府間の批難合戦が繰り返されている。その結果観光客の激減や貿易高の激減が国家間に起きている。アベ政権に諂い媚びる外交評論家がどう解説しようが、ワタシはこの事態はアベ政権の「失政」と捉える。ここまで傷口が広がるとは内閣官邸通産は予測していなかったと言われている。プロの外務省情報に頼らず通産情報に頼った「失政」だろう。

こうした状況下で、奇妙なことに日本の多くのTV新聞週刊誌等はこぞって反韓国キャンペーン一色となり、ここで噴出してきているのが「嫌韓」とも言える発言の大合唱だ。まるで戦前戦中の”愛国讃歌”を聞いているような錯覚に陥る。嫌韓を唱えない者は非国民だと言わんばかりだ。TVでは番組開始前に出演者の前で「嫌韓」発言に反対しないようにディレクターから依頼があるのだとも聞いた。やんぬるかな、である。

2019年参院選ではアベ首相など主要閣僚が弁士で候補者の応援に行くと、演説会場には貸切バスで聴衆が駆け付け旭日旗が掲げられた。その一方で、警察庁からは選挙中の政権批判等の発言者の発言停止・拘束指示が発信され、演説会場ではアベや政権批判の声をあげた者が警察に拘束され発言を停止させられた。警察は戦前戦中の特高警察の如き横暴が目立つ。市民への威嚇である。

また2020年の東京五輪では旭日旗の持込が官邸で了承され外務省が広報するなど珍妙な現象が見られる。一体アベスガ政権の裏側でいかなる密談と取引が行われているかが透けて見えるようだ。

こうした情況の中でアベ内閣官邸及び政権を支持する者たちから湧き上がっているのは、あの日本「愛国」への賛美の歌声である。

 

「愛国」とは何か。ワタシの敬愛する内村鑑三翁の言を引く。

「愛国とは自身金を儲けて国益なりと世に風聴することなり。」(内村鑑三全集9、日本現時の道徳、p.40、岩波書店、1981) 

古き時代の言というなかれ、明治大正昭和の見識・内村翁は、往時の政府国及び軍部によって金言のように叫ばれた「愛国」の本質を見抜いてこのように記した。この本質は今日日の日本の姿にも通底する事柄だ。つまり今でも「愛国」を声高に叫ぶ輩はゼニ儲けのために「愛国」を叫んでいると言ってよい。

「愛国」とは日本でもどこの国でも「泣く子を黙らせる効果」があるのだろうか? 「愛国」を叫ぶ者は真実「国を愛する心と精神」を有しているのだろうか? 反対に政権を批判し国家を代表する政党や政権や大統領や首相を批判・批難する者たちは、「愛国」の心と精神が無いといえるのだろうか?

答えは簡単だ―つまり「愛国」を語る者に「愛国」の心と精神が存在するとは限らないこと、また国の大統領や首相や政権を批判する者たちにこそ「愛国」の心と精神が強く把持されることがある―という”事実”を述べるだけでいいだろう。

真の「愛国」とは、信条思想に関わらず、国の内外の現実を誠実に直視し、国の将来を過たないように計画し、平和を尊び、国民の福利の向上に力を注ぎ、人権意識の拡大に努め、自由が存分に享受できる社会と国を作ろうとする意思に外ならない。これが真の「愛国」だ。

「国家のあらゆる活動の中心には、人間とその不可侵の尊厳があるのです。」ドイツのアンゲラ・メルケル首相の言葉だ。政治家は国民の前で堂々とこのことを宣することができるかどうかだ。こうした政治家が国家を運営すれば、国家は過たないだろう。そのような政治家こそが真の「愛国者」ではないか。

日本はその意味では低劣で思念なき「政治屋」が政権を握って離さず国を支配しており、これら政治屋を到底「愛国者」と呼ぶことはできない。これら政治屋を見てみよ、"我欲"の塊りではないか。

 

アメリトランプ大統領も「アメリカファースト」を叫んで大統領になった。つまり「アメリカ愛国」への讃歌が大合唱となり膨らんでトランプは当選したのだ。ところがどうだろう。トランプは真の「愛国者」なのか? 

ジョン・ダワー『アメリカ・暴力の世紀』(岩波書店、2017)に記されたアメリカ軍産国家の目もくらむ巨額の軍事関連費にぶら下がる数多の富豪事業家たち、トランプが迎合してやまないNRA(全米ライフル協会) などの銃砲産業家たち、中東諸国や北朝鮮と他の国が仲良くしてくれては困る輩たちを見よ。こうした輩は「愛国」を唱えながら実は「我欲」を最優先している。だから「強欲」である。そして自国の利益のみを最優先して行動し、アメリカの利益のためなら、これに抗う国を排斥し続けている。現今国際貿易に起きている昏迷を見よ。国際的な富が急激に滅失し続けているではないか。端的にはアメリカの砲銃やあらゆるタイプの兵器の販路拡大、軍需関連産業の繁栄を心の底から願っている者たちの声が最も先行している。彼らは心底アメリカの将来を真剣に考えている「愛国」の徒なのだろうか?

トランプは「宇宙軍」創設を声高に叫ぶようになった。軍産国家アメリカの宿痾(病気)そのものである。アメリカでは銃乱射による殺人が増加したために銃規制への声も高まり、国内の銃の販路が拡大しなくなってきた。他方世界各国での代理戦争・局地戦も減少している情況にあり、血に飢えた軍需産業界はこぞって付加価値も高い「宇宙戦争」で稼ごうという流れである。つまり軍産国家アメリカの軍需産業は血に飢えているのだ。そこには収益の増大だけが最高の価値なのだ。トランプは「デストピア(暗黒郷、悲劇的社会)」を招来する悪魔のように見える。恐ろしい。

 

そして哀れなことに日本国内閣総理大臣アベスガ官房長官、諸大臣以下そのお仲間となりつつある。トランプに過激に追従するアベや官邸の輩、無能のクセに首相官邸で結婚記者会見をして顰蹙を買った兵卒コイズミJr.などは、何を血迷ってかアメリ諜報機関の先兵となり果て、トランプ「宇宙軍」の創設にわざわざ手を挙げて火中の栗拾いに勤しむ。既に来年度予算に「宇宙軍」参画への費用が計上された。畢竟彼などは日本の将来について何も考えていない、何の思念もない。アメリカに追従するだけの坊やにすぎない。彼は真に日本の将来に責任を持とうとし、この国を愛しているだろうか?  答えは「否」だ。自民党厚労部会長として彼は、世界に冠たる日本の国民皆保険制度を解体しようとしている。その代替部分をアメリカの保険企業に売り渡そうとしている。そんな輩を「愛国」者と呼ぶことは到底できない。だから殊更「愛国」を呪文の如く叫ぶ輩は手前の「ゼニ儲け」のために叫んでいるのだとワタシは断定する。やはり鑑三翁は本質を見抜いていたのだ。

 

もう一人の人間の言葉を聞こう。ドイツナチス政権下でヒトラーに次ぐナンバー2の国家元帥もつとめたH.W.ゲーリングの言葉だ。戦後彼は戦犯として捕えられた。そして戦争犯罪を裁くニュルンベルク裁判で彼は被告として次のように語った。

「反対の声があろうがなかろうが、人々を政治指導者の望むようにするのは簡単です。国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。そして国を更なる危険にさらす。このやりかたはどんな国でも有効ですよ。」

ゲーリングのこの言葉は冷徹で真理を突いている。

日本で憲法第九条の平和主義を唱える者に対して、”あなたにはこの美しい国を愛する心が欠けている、昔なら非国民だ”と恫喝しているのは、アベ政権官邸である。卑劣にも党務経験しかなく国政の場では無能を晒し続けたコイズミJr.などからもいずれ発せられる言葉だろう。彼らに日本の政治を委ねていると、間違いなく「デストピア」が出現する。未来の話ではない、今、その予兆をワタシは強く感じている。

 

独裁者よ、見よ!

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2019年8月の初めのこと。TVを何気なく見ていてこの映像(動画)を見た瞬間凍りついて、次に胸が詰まり嗚咽していた。隣で一緒に見ていた妻も同じだった。その日ワタシはこの映像についてメモを記した。

「シリア軍・ロシア軍合同の爆撃によって崩壊したビルの瓦礫の中で、下半身が完全に埋まった5歳くらいの女の子が、目の前で泣き叫んでいる5~6か月ほどの妹を両手で懸命に助け出そうともがいている―2019年8月初旬の頃の映像。この映像を撮影した市民は映像を撮った直後、近くの人たちと一緒にこの二人の女の子を助け出し病院に運んだという。姉は亡くなり妹は助かったと。ああ神よ!」 (190815)

その直後ワタシはこのニュース源を辿った。そして次の記事と写真を発見した。写真とともに記事を引用させていただく。

【カイロ共同190728】内戦が続くシリアの北西部イドリブ県で、空爆で倒壊した建物の下敷きになった5歳の女児が生後7カ月の妹のシャツをつかみ、助けようとする写真が会員制交流サイト(SNS)などで拡散している。現地メディアが28日までに伝えた。女児はその後死亡、妹は集中治療室(ICU)に入っている。痛ましい状況に衝撃が広がった。イドリブ県は反体制派の最後の拠点で、アサド政権とロシア軍による激しい攻撃が続いている。写真は24日、現地ジャーナリストが撮影した。倒壊した建物の上の方では、父親が姉妹に向かって必死に何かを叫ぶ様子が写っている。建物はその後さらに崩れ落ちた。

*写真キャプション:空爆で倒壊した建物の下敷きになったまま妹のトゥカちゃん(右)を助けようとする姉リハムちゃん(中央)。父親(左上)は姉妹に向かって何かを叫んでいる=24日、シリア・イドリブ県(シリア反体制派メディア「SY24」提供/共同)

 

 

デストピア(暗黒郷)はすぐそこに!

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かつてワタシは安倍晋三現首相(以下彼のことをAと略す)が書いたとされる『美しい国へ』を読んだことがある。改めて確かめてみると2006年初版なのでその頃だったようだ。1968年川端康成ノーベル賞を受賞した際の講演録が『美しい日本の私』(1969年)であったから、これの受け狙いもあってこの物欲しげな書名にしたに違いないと思いつつ、ワタシは立ち読みで済ました覚えがある。どうせゴーストが執筆したのだし、Aの自民党総裁選狙いに違いないと思いながら、立ったまま読み進めていくと、あまりのふわふわした幼稚な中身にうんざりとしながらも30分ほどで読了した。もちろん数百円がもったいなくて買わなかった。この本は調べてみたら改訂新版が出ているらしい。よくも恥ずかしげもなく…。

Aの本は言わんとしている事柄に「心」がないので表面的で薄く粗雑。それはここ数年のAの国会委員会答弁や党首討論などにも表れている。最近はふわふわがさらに劣化して意味不明支離滅裂となっていること、ご承知の通りだ。

Aの関連本は以後ワタシの住む市の図書館から借りることにしている。その後出版されたAに関する本では、Aは学歴コンプレックスが相当強く、旧帝大や有名私大出身の者が多い官僚や政治家に対する暗い敵愾心を秘めているとか、虚言癖があるとか、文字通りの強烈なマザコンであるとか、〇〇コンプレックスの塊であるとか、読書は苦手で手紙も書かないとか、心を許せる友達がいないとか‥‥こう記されている。確かにAはアメリカ大統領トランプの病的性格と酷似しているな。

しかしながらなぜこのような人格的偏りの酷いAが党の総理総裁となり日本国首相であり続けるのか、なぜ年齢の若い層に限ってAの内閣支持率が比較的高いのか‥‥不思議で不可解な現象が続くので、かねてからワタシなりにその「解」を探し続けてきた。

一つの「解」をワタシはM.ピカートに見出した。ピカートはスイス生まれの医師で20世紀を代表する思想家、日本でも『沈黙の世界』『神よりの逃走』そしてここで取り上げた『われわれ自身のなかのヒトラー』(いずれもみすず書房刊)などの翻訳書がある。ワタシはピカートの鋭い分析力と公正な判断力に感銘を受け学生時代に熟読した。その中の一文。

「現代のデモクラシーのなかでは、権力者の座にすわり独裁制を確立することのできる人間は、笊(ざる)ですくうほどある、とソレル(注・フランスの社会学者)が言っている。まったくその通りである。しかし、そのようなことがおよそ可能なのは、ただ、現代社会では誰でもが無目的にどんなところへでもつるつると滑ってゆくからだ。かくて誰かがたまたま国家権力へと滑り寄る。当人自身がまったく無自覚的に国家権力へと滑り寄ることさえしばしばである。(中略) このような連関性喪失の世界において、一個の空無、もしくは一個の低劣なもの、もしくは一個の凡庸なるものが絶対者の地位におしあげられ、まるでそれが――そのまわりに万人が群れ集まらねばならないところの――民族の中心であるかのように、この絶対化された眉唾(まゆつば)ものに関して語られ、書かれ、また写真が載せられたりしたことは、何もヒトラーに始まったわけではなく、ずっと以前からあったことである。」(M.ピカート、佐野利勝訳:われわれ自身のなかのヒトラー.p.11-13、みすず書房、1965.)

ワタシはこの一文を以下のように解釈した――今日日のような社会では、ピカートが言うように、人間がつるつると滑っていくうちに、社会の核となる部分が、覆面をした低劣な”空無”な何者かによって次第に奪取されて行き、後戻りできない恐ろしい社会が出現する可能性が十分ある。そこにはおそろしく凡庸な者、モラルにおいて低劣な者たちが支配する社会が出現する。障がい者や社会的に弱い者へのスティグマを固定化し差別を合法化する。人間は自由に発想し発言することはタブーとなりタレこみを奨励する密告社会が出現する。親は子に・夫は妻に・隣のオバちゃんに私の妻が・屁のような理由で密告されるのだ、かつての日本がそうだったように。そして密告を受けるニコニコ顔の凡庸な教師や警察官たちが強大な権限を持ち始める。権力取り巻きの諂(へつら)い小説家評論家宗教家らが今でも数多いるが、彼らが先頭に立って自己愛に基づく標語だけの空っぽな「愛国心」を説き、歴史観と道徳を全国規模の講演会で説き始める、この講演会に出席しない者は即座に召喚状が出される。国の指導者たちは難癖をつけて無価値な戦争を始め、号令一下有無を言わせず若者たちに戦地出陣を命じる。日本人のゆるい精神を叩き直すと称して軍事教練を課す。もちろん”いつのまにか”国民皆兵制。現に政権政党自民党公明党そして維新の会及びそれらの支持者の中に声高に徴兵制を叫ぶ者たちも多いではないか。かつてTVゲームの戦争をカッコイイと称賛していた若者たちは戦地での戦争の殺戮と悲惨に遭遇するが時すでに遅し、戦地から仮に身体壮健で帰国しても、彼らは戦地で雨のような砲弾を浴び人殺し作戦に従事したので心に深い傷を負い、多くの者がPTSD(心的外傷後ストレス障害。この疾患は治りにくい)に罹患することになる。現実にイラクに派遣された自衛隊員の中にPTSDに罹患した者が多かったという文献もある――。

このようにして気づかないうちに「デストピア」(暗黒郷、悲劇的社会)が出現するのだ。未来の話ではない、今、その予兆をワタシは強く感じている。

ワタシは出版人の端くれとして50年近く仕事をしてきた。出版に関わる人間として「言葉」を大事にしてきたし、「言葉」の変化・変容も実際現場で体験してきた。そして今日日、「言葉」が人間相互の信頼と理解を阻むほど、チカラを喪失しているのではないかと感じている。ワタシはこのことを系統的に学問として学習しているわけではないのでうまく表現できないのだが、ここはピカートの力を借りよう。

「言葉は、人間の内部が微塵に分裂し、連続性を喪失することによって破壊される。そうなれば、真理の連関的な力、法則的で包括的な力は言葉のなかに存在することができず、したがって真理はその表現を獲得することができなくなる。言葉ははじめから嘘になるのだ。」(前掲書、p.72)

ここでピカートの言う「真理」とは、西洋哲学思想の表現で少し難解すぎる表現なので、ワタシなら「真実」・「誠意」・「誠実」・「正しさ」といった日本語に置き換えて考えてみたいところだ。それにしてもピカートのこの部分の指摘は恐ろしく的確だ。

人間の内部が分裂し破戒されることで、「言葉」は「真実」を伝える手段・居場所ではなくなってくる、そして言葉ははじめから嘘になり嘘はひたすら繰り返されて行く‥ということだ。Aを観察していると、ピカートの指摘が腑に落ちる。